夫の底抜けの自己肯定感
夫からの失望した発言から、夫は一昨日やっと毎晩の添い寝タイムで手を回すようになった。夫は私に不快になると添い寝の時に腕を回してこないのだ。
ルールズではけなさないのが第一原則だが、私は笑いながら言うことで、最低限のダメージにしている、そう思ってなきゃやってられない。言わずにはいられない。
夫の話に出てくる仕事のできない人たちの話は確かにできてない。それはそう。でもその人たちは数年かじりつけば業界10年選手の夫の年収を追い越すのだ。
夫は退職金も積み立ててくれない会社から決して移動しようとしない。子どもも持てない給料に甘んじている。それどころか普通の、人並みの暮らしをしていたら将来のための貯金もままならない給料だ。
それでいて贅沢したいなら働けという。元々虚弱体質で、障害と病気を抱える妻に。どこまで恥がないのだろう。その底抜けの自己肯定感が羨ましい。そもそも私がしたいのは贅沢じゃなくて人並みの生活だったり子育てだ。
夫によると普通奥さんは家事を一手に引き受け、稼いでいる方は休めるのが普通の家庭だそうだ。一人分くらいの稼ぎしかないくせに。家事なんてすべて夫がやっても私が苦しい生活なのは変わらない。文句があるなら転職して私が家事に打ち込める環境にしてから言え。普通情けなく思いながらも、そばにいる人に感謝し出来ることは全部やるのが当たり前の稼ぎなのに、俺は苦労している?
ぬくぬく何も心配しないで育ったくせに何が苦労だ。夫婦喧嘩でさえ親に泣きつく癖に。
自分が劣っていると見せつけられるとキレて暴れるので褒めていたら俺は優れていると勘違いする。何を見てきたらそんなおめでたい頭になるんだろう?夫と同じ現場で働いてる人は皆立派に家族を養ってるのに、自分は人並み以上で妻にも人並みのものを与えているという確信はどこから来るんだろう?
夫くらい他者の痛みに鈍感で自己肯定感が高かったら私ももっと生きやすかっただろう。羨ましい。